2023年4月にニュージーランドで開始された新しい投資家向けビザプログラムAIP(Active Investor Plus)ビザ。2025年4月に永住権制度が改正され、ビザの条件が大幅に緩和されました。ビザ条件の緩和をきっかけに富裕層に魅力がある移住先としてニュージーランド永住権に注目が集まっています。
本稿では、ニュージーランドの弁護士事務所に所属し、移行ビザ手続きを担当する佐藤慎平弁護士に独占インタビューし、AIPビザプログラムの特徴と申請状況や移住先としてのニュージーランドの魅力を中心にインタビューの内容をまとめています。
移民手続きのプロフェッショナル 佐藤慎平弁護士
佐藤慎平氏
ニュージーランド弁護士|Meredith Connell弁護士事務所
神奈川県横浜市出身。2012年よりNZ在住。2023年10月よりMeredith Connellに所属。移民法を専門とし、就労・投資・家族ビザなど各種申請から審査請求・控訴まで幅広く対応。また、民事訴訟、雇用、遺産相続、不動産、商取引など多分野で日本語によるリーガルアドバイスを提供。
NZ渡航前は、大阪の製造委託商社で営業職に従事。30歳前にワーキングホリデーでNZへ渡航後、日系食品輸入会社でマネジメント経験を積み、永住権を取得。その後、法律経験ゼロから弁護士を志し、仕事と学業を両立しながら2021年にAuckland University of Technology (LLB)卒業。2022年NZ弁護士登録。
ニュージーランド永住権が注目される理由
地政学的緊張・経済の不安定化などにより混乱する世界情勢のなかで、国際的に資産を保有する富裕層や投資家にとって安全に資産を保全し、家族の安全を守れる生活基盤のある国が求められています。シンガポール・香港に続いて避難先として注目されているのが南太平洋に浮かぶ島国ニュージーランドです。
ニュージーランドに対して美しい自然がある国という印象を抱く方は多いでしょう。ニュージーランドの魅力は自然環境だけではありません。銃規制が厳しく犯罪率も低いことから治安もよく、政治的に安定していることから豊かな自然に囲まれて安心して暮らせる国でもあります。
お子様のいるご家庭では、教育水準の高さも注目したいところです。公立校でIB(国際バカロレア)制度が導入されており、国内外の名門大学への進学も目指せるでしょう。家族の安全を守りながら、質の高い教育が受けられる場所でもあります。
相続税・贈与税が非課税であり、キャピタルゲインにも課税されないことから投資家にとって有利な税制です。資産の継承や運用を有利に進められるため、富裕層にメリットの大きい移住先と考えられます。よって、安全・資産保全どちらにも優れていることから、ニュージーランドは富裕層向けの移住先に適しています。
2025年4月に富裕層向けの永住権制度が見直される
ニュージーランドの従来の投資家ビザ「Active Investor Plus Visa(アクティブ・インベスター・プラス・ビザ)」は、高い投資額を中心に条件は厳格なものでした。よって、一部の富裕層以外には永住権の取得が難しい国といわれていました。
しかし、2024年7月オーストラリアが投資家ビザの申請を一時停止する動きと逆行する形で2025年4月にニュージーランドの富裕層向けの永住権制度が見直されます。具体的には以下の内容が緩和されました。
- 必要投資額の減額
- 投資先に多様な選択肢
- 英語条件の撤廃
- 必要滞在日数の大幅な短縮
高額な投資額が見直されたうえで、投資先にも多様な選択肢が追加されたことで資金や投資先に問題が解消されました。また、以前は必須とされていた英語条件が撤廃され、永住権取得のための必要滞在日数も大幅に短縮されたことで複数の条件が緩和されています。
元々移住先として魅力を備えていたニュージーランドですが、投資家ビザの取得が難しい国でした。2025年に移住先として注目されるようになったのは、富裕層向けの永住権制度の改正がきっかけです。
永住権制度の具体的な改正内容、永住権獲得までの具体的な手順は以下の3つのレポートにまとめているため、インタビューとあわせてご確認ください。
AIPビザプログラムの特徴と申請状況
オークランド国際空港(AKL)の様子
ここからは約160人の弁護士が在籍するニュージーランド大手弁護士事務所で、移行ビザ手続きを担当する佐藤慎平弁護士のインタビューの内容をまとめます。
INVEEK:4月に開始された新しい投資家向けビザプログラムAIPビザの申請状況を教えてください。
佐藤弁護士:AIP はこの4月からスタートした制度でようやく4ヶ月経ちますが、既に260件ぐらいの申請件数がありました。
INVEEK:かなり多いですね。こちらの事務所のみで260件になるのでしょうか。
佐藤弁護士:ニュージーランド全体です。イミグレーションニュージーランドという移民局のウェブサイトで確認いただくこともできますが、国別のデータも全部出てます。4割がアメリカから来ており、次に多いのが中国、香港、台湾です。 日本人は6件ぐらいだと思います。
INVEEK:AIPビザは審査が終わるのが早いと聞きましたが、通常のビザ申請よりもだいぶ早いものですか。
佐藤弁護士:ビザ申請の早さはビザの種類や弁護士・アドバイザーを経由して申請したかどうかで変わってきます。それでも移民局の審査は最近早くなっていると感じます。新制度に移行し、ニュージーランド移民局も力の入れ具合が変わっているのだと思います。
INVEEK:ありがとうございます。今回のAIPビザを申請するにあたって手続きなどで注意点はありますか。
佐藤弁護士:資産の保有状況は、包み隠さず提出することです。仮に永住権が取れたとしても最初に話した話と違うことがわかれば、永住権が取り消されてしまう可能性があります。弊社がAIPビザを担当する際には、基本的にすべてのポートフォリオを提示していただくようにお願いしています。
ニュージーランドの教育・医療制度
オークランドの街並み
INVEEK:現在のニュージーランドの日本人のコミュニティはどこにありますか。
佐藤弁護士:ニュージーランドの人口は今は500万人くらいおりまして、日本人でニュージーランドに滞在しているのは2万5千人から3万人といわれています。そのうち半分以上は私がいるオークランドという一番大きな都市におります。
INVEEK:オークランドで生活するなかで、ニュージーランドの物価は日本と比較してどれくらい違うと思いますか。
佐藤弁護士:物価は高いので、カフェに行ってコーヒー頼んでランチ頼んだらだいたい2500円から3000円くらいになります。日本と比較して 2倍から高いときは3倍くらいになると思います。家賃は 月20万~25万は一軒家であれば払わないといけません。
INVEEK:ご家族で一軒家に移住を検討する場合も多いと思いますが、お子様を連れて移住した場合の生活のメリットはありますか。
佐藤弁護士:ニュージーランドの永住権保持者は、小・中・高の公立の学校は基本的にすべて無料で就学できます。投資家の方は教育にも力を入れたい場合が多いので、私立学校に行くケースもあります。住む場所によっても教育レベルは異なり、所得の高い地域の子どもは教育水準も高いです。
INVEEK:求める教育の質によっても変わりますからね。所得の高い地域とは具体的にどこになりますか。
佐藤弁護士:地図上で中心に行くほど高いです。オークランドを中心点とすれば、近い地域ほど所得は高くなりやすいと思います。
INVEEK:ありがとうございます。医療制度についてなにかご存じでしょうか。
佐藤弁護士:現地で住んでいる人間は基本的に怪我に関してはニュージーランド政府がカバーしてくれます。治療費は一切負担する必要はありません。ただし、現実的には医療が切迫している問題があり、診断待ちで数カ月以上待たされることもあります。
INVEEK:やはり医療が原因で自国に戻られたりする方もいらっしゃいますよね。
佐藤弁護士:特に、がんなどの大きな病気の時は、日本に一時戻られる方もいます。ニュージーランドには日本のような人間ドックの制度もないので、私も日本に帰国する時は、必ず人間ドックを受けるようにしています。
富裕層にとってのニュージーランドの魅力
マウント・クック国立公園の景色
INVEEK:資産運用とビジネスのポイントでニュージーランドに何か優位性はございますか。
佐藤弁護士:ニュージーランドのストック株式市場は、日本やアメリカの株式市場と比較すると小規模であるため動きは大きくありません。安定的に配当金が得られる銘柄が多いため、安定志向の方には適しているかなと思います。
佐藤弁護士:ビジネスの面に関してはどういったビジネスをされるかにもよります。コロナが終わって観光業が戻ってきたので、今ニュージーランド政府は特に中国からの観光者を戻したいというところで、かなり力を入れているところではあると思いますね。
INVEEK:法人税は一律28%なので優位性はあまりないイメージがありますが、法人の魅力などはありますか。
佐藤弁護士:日本と比べるとそこまで優位性を感じていらっしゃらない方が多いと思います。富裕層で移民される方々というのはすでにビジネスを終えて引退された方が多いです。
佐藤弁護士:今の世界情勢、正直何が起こるかわからないので、第二の拠点としては非常にいいと思います。ニュージーランドというのは世界から一番孤立している国で、地政学的にも安心感のあるポジションなのでポテンシャルは大きいんじゃないかと。
INVEEK:法人税以外の税制では相続税・贈与税が非課税になりますよね。
佐藤弁護士:おっしゃるとおりです。10年ルールさえクリアしていただければ、ニュージーランド国内では一切かからないため有利だと思います。
INVEEK:ありがとうございます。そのほかに、ニュージーランドで生活する魅力はございますか。
佐藤弁護士:ニュージーランドに来られる方、皆さんおっしゃるんですけど、もう一回行きたいっていわれます。この魅力は来ていただかないとわからないと思います。
佐藤弁護士:私自身は、自然に近い環境をなかなか日本では味わえませんでした。単純にニュージーランドの自然が好きになったのがポイントだったと思います。ワインとラグビー好きな方や、トレッキング・ハイキング、フィッシングなどのアウトドアのアクティビティが好きな方は、ニュージーランドを気に入っていただけるかなと思いますね。
移住検討時の注意点
上空から見たオークランドの街並み
INVEEK:日本人が移住検討をする際、何か注意点はありますか?
佐藤弁護士:そうですね。一度は来ていただくというのが大事だと思います。日本の都会に慣れた方がニュージーランドに来られると「いいな」って思う方と、「何もないので暇だな」と思われる方の2パターンが多いと思います。実際に移住するかは、まずは来ていただいてからご検討するのが良いと思っています。
INVEEK:ニュージーランドの安全面や、治安はいかがでしょうか?
佐藤弁護士:ニュージーランドは拳銃の所持は禁止されているため、比較的安全な国と言われておりますが、軽犯罪は日本よりも多いのが現状です。空き巣や車上荒らしなどはオークランドでもあります。ニュージーランドは比較的安全な国ではありますが、油断していると事件に巻き込まれることもあるので注意してください。
INVEEK:他に、日本人が移住するうえで、気にしておいたほうが良いことはありますか?
佐藤弁護士:英語ができるかは大きいファクターになります。自分の口で説明できないと病院や事件に巻き込まれたりなどで、その場で説明しないといけない場合があるので、まったくできないと困ってしまうかもしれません。
INVEEK:英語条件が撤廃されましたが、最低限の英語はできないと現実的に現地でやっていくことは難しいんですね。
佐藤弁護士:現地に溶け込んだ方が情報も入ってくるので、英語は無理だからという姿勢ではなく、頑張っていただければすごく世界が広がるのではないかと思います。
INVEEK:移住を成功させるためにやっておくべきことはありますか。
佐藤弁護士:ご自身の資産をしっかり見直していただいて、自分がどういったポートフォリオを持っていらっしゃるのかというのをまとめておいていただきたいです。お金持ちの方ってお金を色々なところに置いてあるので、ご自身で把握されてないことが多いんですよ。
INVEEK:最後にニュージーランドへの移住を悩んでいる方に向けてメッセージをお願いします。
佐藤弁護士:ニュージーランドって選挙が3年ごとにありまして、それで政権が変わってしまうかもしれないんですね。今の政権は自由経済を後押ししてくれる政権で、国外からの投資も歓迎しています。来年の選挙で政権が変わってしまうと今のシステムがまた変わってしまうかもしれません。せっかく今が一番のチャンスなので逃されてしまうともったいないです。慎重にはなりつつも大胆に決断していただきたいなと思います。
最後に
ニュージーランドのAIPビザの取得について佐藤慎平弁護士から貴重なお話をうかがうことができました。制度の概要を知るだけでは見えてこない富裕層向けニュージーランド永住権の実情を理解できる内容となりました。
ニュージーランドは不安定な情勢のなかで資産と家族の安全を守るには最適な移住先であり、富裕層にとっても魅力のある国です。しかし、懸念材料や注意点もあるため、良い部分以外にも目を向けて、実際に訪れたうえで検討することが重要になります。
2025年4月の富裕層向け永住制度の改正内容は恒久的なものではありません。政権交代などをきっかけに制度が見直されることも十分に考えられます。移住を決断した場合は、信頼できる専門家と連携し、スピード感を持って計画的に進めることが必要になるでしょう。